修験道のなごりをとどめる 境内地パワースポットと男坂道 & 女坂道をご案内致します。

大衡八幡神社

           パワースポット

 

      ① 神に護られた 手水所

 

昔から眼病平癒の御神水として崇められていた。

■ 正月のお雑煮の初水、新店開店の初水として今でも人気バツグン。


 

 天之御中主神の神使 亀神様

御祭神 妙見菩薩  (天之御中主神) の神使 (しんし)
親子亀は、昔より子宝安産・良縁恵与の御神徳ある神様として崇められております。


庚申供養塔

(こうしんくようとう)

健康長寿の御神徳

1683年(天和3年)8月21日造立

上部に日月を刻し「バウンタラークキリークアク」の金剛五物仏の真言を刻み、その下に蓮華座がある。

十四人の講中により建立された大衡村で最古のもので「庚申侍供養敬白」「導師 三明院」と刻しされている。

導師は、京都聖護院本山流で仙台城下の良覚院傘下の修験者で社家の先祖にあたる

高さ約68cm、幅約69cm


④象頭山(ぞうずさん)(右)

交通安全・餓死救済守護

1828年(文政11年)9月10日造立

象頭山(大麻山、琴平山)ぞ う ず ざ ん)石碑は全国的に餓死・大洪水が続く時代に大衡村の餓死を救うため金比羅宮詣の交通安全祈願を三明院元諄導師と十四人の氏子により建立された。

象頭山は、琴平山,金比羅(こんぴら)山ともいわれ、香川県西部の大麻(おおさ)山(616m)の南東部分(名勝・天然記念物)の標高521mで中腹に金刀比羅(ことひら)宮があり、遠望すると象の頭のように見えるための山名と伝え(讃岐国名勝図会),与謝蕪村は〈象の眼の笑ひかけたり山桜〉の句を残している。

第四代の別当職金剛坊宥盛(厳魂彦命)、即ち教祖がご奉仕のかたわら遠く東北地方まで国内を巡り、ご神徳を広め且つ多くの人々の救済に生涯をささげたことから、金刀比羅の大神さまの神徳、教祖の徳を知ることとなり建立したとされる。

三明院元諄導師は、京都聖護院本山流で仙台城下の良覚院傘下の修験者で社家の先祖にあたる。

象頭山石碑 高さ約100cm、
幅 約70cm


 

⑤梵字塔

1722年(享保七年)
3月吉日建立

導師 三明院


 

⑥庚申供養塔

長寿延命守護

1822年(文政五年)
8月19日建立

法主 三明院

庚申とは、十干十二支(じゅっかんじゅうにし)の組み合わせのうちの一つで,六十日、または六十年ごとにめぐってくる庚申(かのえさる)の日のことである。


 

⑦湯殿山碑

五穀豊穣・家内安全守護

1849年(嘉永二年)
4月8日建立

「湯殿山・導師三明院・三十三度五良七」と刻されてる。碑の側面に十三人の講中名があり、五良七の三十三度登拝を記念したものである。


 

⑧湯殿山 (左)

五穀豊穣・家内安全守護

1849年(嘉永2年)4月8日造立

この石碑は、三明院元諄の後継者である櫻木肥内が出生した翌年に造立された。

山形県の湯殿山は、標高1,500mで月山に連なり伊勢・熊野と並ぶ三大霊場のひとつである。

その北側中腹、梵字川の侵食によってできた峡谷中には、五穀豊穣・家内安全の守り神として崇敬される湯殿山神社があります。

湯殿山は出羽三山の奥の院とも呼ばれ、月山・羽黒山で修行をした行者がここで仏の境地に至るとされている霊山であります。

湯殿山石碑 高さ約110cm、
幅 約60cm


 

⑨庚申供養塔

1860年(万延元年)
12月朔日 建立

導師 三明院

庚申信仰は、長生きをするために行われたもので、村の講単位などで、庚申の夜は眠らずに徹夜ですごすのが習わしとされていた。

作神や蚕神、または福を招く福神、病を治す治神などといった神様とも考えられており、室町時代から仏教的色彩を帯び信仰された。


⑩蓬莱山 (右)

仙人が宿る神の山

1894年(明治27甲牛年)
旧4月24日建立

滋賀県の東部、京都府との県境近くに南北につらなる比良山系で武奈岳と並び人気の蓬莱(ほうらい)山は、古代中国で東の海上にある仙人が住むといわれている山という意味がある。

昔より蓬莱山、蓬莱島、蓬莱仙島とも四霊の一体である霊亀の背中の上に存在するとも言われ、滋賀県比良山地にある蓬莱山は日本三蓬莱の一つに数えられ、約1200年前、日光二荒山を開山した勝道上人によって開かれ一大霊場として栄えた山である。また日本一の立派な富士山を蓬莱(ほうらい)山とも云ったと伝わる。

この石碑は、社家の櫻木肥内が大衡八幡神社氏子70名と共に、後に宮司となる櫻木誠宮司の誕生を祝し、立派な神職になるよう祈願奉納した石碑で、現在パワースポットとなっている。

蓬莱山石碑 高さ約350cm
幅 約 69cm